実家(北海道)の母が、家庭菜園で育てたにんにくを、毎年黒にんにくにして送ってくれていたのですが、ある年味が変わって、くさくて苦みが出たことがあったんです。私は直ぐに「これはきっと噂の線虫の仕業だ!」と確信したのですが、家族にも母にも「目に見えないほど小さなニョロニョロした虫のせいだよ~」とは言えず「なんで今年は味が悪いんだろうね~」って一緒におトボケを決めていました。

はじめに

にんにく以外にも多くの農作物に深刻な影響を与える線虫ですが、実はこの体調1mm、全細胞数1000個程度の単純な生物は、人間と同じ形態の嗅覚受容体を 1200 種以上(犬と同等、ヒトの約3倍)有し、においを感じる仕組みも哺乳動物とほぼ同じで、嗅覚研究のモデル生物とも言われています。

昆虫が光に反応して移動する習性を「走光性」と言いますが、生物が特定の化学物質の濃度勾配に対して方向性を持った行動を起こすことを「走化性」と言います。不思議なことに線虫(C. elegans)はヒトのがん細胞から発生する化学物質を示すようなのです。

今回の主役はこの線虫。不思議がいっぱいのにおいの世界をお楽しみください。

線虫をがん検診に使ってみよう!

がん探知犬が注目され始めた頃から、がん特有の揮発性代謝物質をがん検診に応用しようという研究が世界中で盛んに行われてきました。

犬なみに鼻の利く生物であることが期待された線虫。コイツにその役割を担わせるという発想で研究成果を上げ、最近テレビのコマーシャルも見かける「N-NOSE」を実用化し、「株式会社HIROTSUバイオサイエンス」を起業したのは、九州大学の広津崇亮先生です。がん細胞を培養し、がん細胞を取り出したあとの培養液、つまりがん細胞の分泌成分を含むこの培養液に線虫が集まることを発見し、様々な検証を重ね、ヒトの尿から手軽に、安価に、高感度に、早期がんを発見する手法を確立しました。

更なる進化に向けて

現在の手法では、15種類のガンに反応することが分かっていますが、ガンから発生するどの成分に走化性を示すのかはまだ具体的は分かっていませんし、この検査では15種類のどの部位のガンかも分かりません。しかし近い将来、線虫の受容体を操作し、ガン発生の部位別に特定されつつある成分に反応するようにできれば、ガンの発生部位まで特定できるようになるかもしれません。

最後に

今日、「がんのにおい」を用いた早期発見技術開発のために、ガンから発生する揮発成分のデータベースCancer Odor Database (COD) が公表されています。今においの研究が熱い!今回取り上げた線虫は線形動物ですが、昆虫の触覚研究から実用化の目途がささやかれるバイオセンサー、インセクトデバイスの研究からも目が離せません。

と、ここまで書いたら「蚊」の話もちょっと書きたくなりました。あの皆の嫌いな吸血生物。ヒトの体温と呼気中のCO2めがけて飛んでくると言われていますが、実は近年の嗅覚研究で蚊はヒトが発する様々なにおい成分に強く反応することが分かってきました。そこでやはり蚊の嗅覚受容体を利用して「がんのにおい」を探知する研究が行われています。リクエストがあればまたの機会に「蚊」を主役にした話を書きますね。(執筆:におい・かおりLab 亀山 直人)

参考文献

広津 崇亮 , 「生物そのものを利用したバイオセンサ—線虫嗅覚によるがん診断—」 , におい・かおり環境学会誌 , Vol. 46 No. 3 2015 , 公益社団法人におい・かおり環境協会

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