みなさんは「大腸菌」にどんなイメージをお持ちですか。
「汚い」と思ってしまう方が多いのではないでしょうか。

たしかに、大腸菌は人や動物の糞便に含まれる細菌であり、時に食中毒や感染症の原因となるため、そう思ってしまうのも仕方がないでしょう。

ですが、弊社のような水質分析を行う立場からすると、大腸菌のイメージは少し変わります。

大腸菌は水の汚染度合いを知らせてくれる貴重な存在でもあるのです。

大腸菌は糞便汚染の指標

大腸菌(Escherichia coli)は人や動物の腸内に生息しているため、糞便にも存在する確率が高いです。
もしも、大腸菌が水から検出された場合、その水は糞便によって汚染されている可能性が示唆されます。

糞便中には、サルモネラ菌、赤痢菌、病原性大腸菌、カンピロバクターなど、食中毒や感染症の原因となる様々な病原性細菌が含まれている恐れがあります。

そのため、人の健康や生活環境の維持・保全を目的とし、公共用水域ごとに糞便汚染の調査が行われています。

公共用水域の糞便汚染の程度は大腸菌の数を測定することによって調べられます。
河川や湖沼などの環境水や、その環境水に流入する事業所や工場などの排水が測定の対象です。

同じ大腸菌の測定であっても環境水と排水で、測定方法や基準値に違いがあります。

今回はこれらの違いについて見ていきましょう。

測定方法の違い

河川や湖沼などの環境水にはメンブランフィルター法が、事業所や工場などの排水には混釈平板法が用いられます。

この2つの方法の違いは表1の通りです。

どちらの方法も特定酵素基質寒天培地を用いています。
特定酵素基質寒天培地は、酵素基質として「5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-グルクロニド(X-GLUC)」を含有しており、大腸菌が特異的に産生するβ-D-ガラクトシターゼと反応し青色を呈します。
その青色のコロニーを数えることが共通しています。

では、この2つの方法の大きな違いは何でしょうか。

それはメンブランフィルター法の方が、測定に供することのできる試料の量が多いということです。

測定する試料の量が多いと、大腸菌の少ない試料であっても、メンブランフィルター法でなら検出できます。

環境水は排水に比べ、基準値が厳しく設定されており、より詳細に分析する必要があります。

環境水にメンブランフィルター法が用いられているのは、測定する試料の量を増やすことによって大腸菌を検出できるようにするためと言えるでしょう。

基準値の違い

基準値は環境水と排水で異なります。
環境水の基準値を環境基準、排水の基準値を排水基準と言います。

■ 環境基準

環境基準は、「人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」です。
表2は河川水における大腸菌の環境基準です。

類型がAAに近いほど清潔さが求められる河川です。

大腸菌の基準値も、AAに近い河川ほど厳しい値が設定されていることが分かります。

■ 排水基準

排水基準は、「環境基準の維持、達成」を目的に設定されたものです。
排水基準は事業者が守らなければならない規制値であるため、基準を超過した場合は事業者に罰則が課せられます。

環境基準が100mL当たりの大腸菌数として定められているのに対して、排水基準は1mL当たりの大腸菌数として定められています。

 

 

「なぜ排水には混釈平板法なのか」

排水基準は 800 CFU/mL と、環境基準よりもかなり大きな値であることが分かります。
この水準であれば、混釈平板法の検出能力でも、基準を超過しているかどうかの判断は十分可能です。
図1をご覧下さい。
図1は、排水試料(正確には、大腸菌群数が100個/mL以上の試料)において、大腸菌数の測定結果を両方法で比較したものです。
この結果から、大腸菌数のメンブランフィルター法に対する混釈平板法の比の平均は、1.06であることが分かっています。
つまり、排水の様な高濃度の試料に関しては、両方法とも同程度の測定結果になるわけです。
であれば、排水には、操作の簡単な混釈平板法を用いるのが妥当と言えるでしょう。また、もともと大腸菌群数の測定には混釈平板法が用いられていたので、操作がさほど変わらない方法を採用したかったことも、混釈平板法が排水に用いられている理由の一つです。

法改正のタイミングの違い

ここまで、「大腸菌」という言葉を当たり前に使ってきました。
しかし、「大腸菌」が水域の糞便汚染の指標として扱われるようになったのは、ここ最近のことなのです。

以前は測定方法が確立されていなかったので「大腸菌群数」が水域の糞便汚染の指標となっていました。
しかし、この「大腸菌群数」は、大腸菌の他に土壌や水中を生息場所としている菌も含んでいたため糞便汚染を的確に捉えているとは言えませんでした。
(大腸菌群数についてはこちら→【技術者コラム】大腸菌群数?大腸菌数?

そこで、水域における糞便汚染の指標を「大腸菌群数」から「大腸菌数」へと変更すべく、法改正が実施されました。

環境水と排水で法改正のタイミングが異なっていることに注意です。

 

■ 「昭和46年12月環境庁告示第59号」の改正

2022年4月1日より、環境水における糞便汚染の指標が、「大腸菌群数」から「大腸菌数」に改められる。

 

■ 「昭和46年6月総理府令第35号」の改正

2025年4月1日より、排水における糞便汚染の指標が、「大腸菌群数」から「大腸菌数」に改められる。

現在は、環境水も排水も「大腸菌数」という同一の指標を用いて管理ができるようになったと言えます。

最後に

大腸菌は、私たちの腸内では消化、吸収を助けてくれます。
河川では病原菌のリスクを知らせてくれます。

私たちは体の中のみならず、外の世界においても大腸菌から助けを得ているのですね。

大腸菌には「汚い」というイメージだけでなく、感謝の気持ちも持つようにしたいですね。(執筆:相場)

参考文献

・昭和46年12月環境庁告示59号
 https://www.env.go.jp/hourei/add/e79.pdf

・環境省HP 報道発表資料 令和5年度 大腸菌群数の排水基準の見直しに係る
 検討会の開催について 添付資料
 【参考資料3】大腸菌群数の排水基準の見直しに係る参考資料 P3
 https://www.env.go.jp/content/000155269.pdf

・環境省HP 報道発表一覧 水質汚濁防止法施行規則等の一部を改正する省令の公布について
 https://www.env.go.jp/press/press_02672.html