近年、国内各地でPFASによる飲用水等の汚染の問題が明らかになっています。
※PFASとはどんな物質か、従来からの当社のPFAS研究や分析業務等につきましては、2024年5月の技術者コラム(【技術者コラム】永遠の化学物質 有機フッ素化合物(PFAS) )での解説をぜひご参照下さい。※
まず、2024年12月時点の最近の注目されるPFAS関連の主な行政動向2点について解説します。
(1) 水道水におけるPFAS・PFOAの管理強化(首相方針) |
(2)PFOS・PFOAに関する環境省での主な検討状況 [2] 「水道におけるPFOS及びPFOAに関する調査の結果」についての最終とりまとめ内容を確認、水質の目標設定方式から水質基準設定への管理方式の格上げの方針とともに、基準値は現行の目標値(PFOS・PFOAの合計で50ng/L)と同じ値に据え置く方針について異論なしとの検討結果 (出典:2024.12.24 環境省 令和6年度 第2回水質基準逐次改正検討会 https://www.env.go.jp/council/water_supply/kentoukai/kijun/0000183130_00009.html) |
上記の結果を解釈する上では下記の点に注意が必要です。
a)【PFAS全体のうち2種類のみの調査結果であること】
上記(2)の水道調査結果や水質基準に関する検討は、多くのPFASのうち、初期に開発されたPFOS・PFOAの2種類のみについてであり、世界で現在も幅広く使用されるPFASは全体で約1万種に及ぶとされます。
PFASの種類が多岐に及んでいるのは、国際的に使用禁止が進められてきたPFOS・PFOAと同様の特徴や構造を持つ代替物質が長年開発されてきたためです。
一般的に、構造が類似する物質は人体や生物への健康影響や環境影響も類似する可能性が高いと考えられています。多くのPFASのうち、現在はまだ規制されていない種類であっても、環境中で分解されるとPFOS・PFOA等の規制対象物質に変化するという構造を持つ物質もあります。
b)【管理方法の見直し継続中であること】
上記(2)[1]の水道調査の結果は、現行で水道水の水質管理の暫定目標値として設定されているPFOS・PFOA合算での「50ng/L」との比較結果です。上記(2)[2]のとおり、水質基準による管理方法への格上げとともにその基準を従来の目標値と同様「50ng/L」に据え置く方針が示されました。
現在、国内ではPFASのうち、PFOS・PFOAの他、PFHxS(いずれもその塩を含む)が化学物質審査規制法(以下、化審法)により製造・輸入等の規制対象となっています。今後も国際条例や海外でのPFAS全体での規制強化動向等を踏まえて、PFASに関する管理方法や対象範囲を国で継続的に検討することとなっています。
c)【高濃度の汚染地域があること】
最近報道されている中でも複数の自治体において、目標値の超過に留まらない高濃度での地域汚染が近年確認され、現在までに浄化対策も進められていますが、住民への健康影響が懸念されています。
d)【将来的な環境基準や事業者への規制基準設定の可能性】
上記(1)の首相方針(12/3)は、11/29に公表された国の調査結果を踏まえた政府としての方針を表明したものです。
その後、上記(2)のとおり、環境省での専門家による検討会(12/24)において、水質基準への格上げの方針および基準値を現行の暫定目標値と同じ値に据え置く方針について異論なしとの議論がされました。
水道水の「水質基準」へ格上げされると、その水質基準を維持するため、今後は公共用水域や地下水の「環境基準」の設定が検討され、さらには地下水汚染を防ぐ一環として、土壌の「環境基準」の検討もされるという流れになります。「環境基準」は行政が目指す目標ですが、その維持のために公共用水域への「排水基準」や下水道への「排除基準」という工場や事業場への「規制基準」の設定へとつながっていきます。
PFASを製造や使用する事業者への化審法以外での排水等に関する直接規制までの流れは数年単位の時間がかかることが考えられますが、排ガスや廃棄物経由のPFASによる水質汚染の可能性も指摘されているため、PFASの代替物質の原材料調達の検討に始まり、排ガス/排水/廃棄物を通じた汚染防止や浄化のための製造工程/施設/設備の見直し等を想定しておくことが重要です。
e )【「50ng/L」の持つ意味】
現行の水道水の暫定目標値であり、今後は水質基準へ格上げされる方針の「50ng/L」は国の資料では「体重 50kg の人が水を一生涯にわたって毎日2リットル飲用したとしても、この濃度以下であれば人の健康に悪影響が生じないと考えられる水準*を基に設定されたもの」とされています。この設定根拠の体重50㎏とは成人を指しており、乳幼児や児童の体格での目安については下記の出典資料等ではまだ示されていないことにも注意が必要です。
*:耐容一日摂取量(TDI)
なお、飲料水に関する諸外国の最近の動向では、米国で2024年4月に第一種飲料水の基準値としてPFOS・PFOAが各4ng/Lと設定され、ドイツでは飲用水について4種のPFAS(PFOS、PFOA、PFNA、PFHxS)の合計で20ng/Lの値が2028年から適用予定とされています。
国内での規制や管理の目安となる基準の値についても、健康影響等に関する新たな知見が得られた際には改めて見直しされることとなっています。
(出典:PFOS、PFOA に関するQ&A集 2024 年8月時点 環境省 PFAS に対する総合戦略検討専門家会議 https://www.env.go.jp/content/000242834.pdf)
2023年12月に一般社団法人 環境情報科学主催の第 20回環境情報科学ポスターセッションで「PFASに関するリスクコミュニケーションのあり方の考察」について発表し、理事長賞を受賞しました。(理事長は環境省委員長等を長年ご歴任の早稲田大学の大塚直先生です。)
◆ 一般社団法人 環境情報科学(日本学術会議登録 協力学術研究団体)ホームぺージ ◆ 授賞報告 https://www.ceis.or.jp/data/poster2023_hyosho.pdf ◆ ポスターの要旨 https://www.jstage.jst.go.jp/article/eis/53/1/53_152/_article/-char/ja/ |
ポスターでは当社の今井志保及び川中洋平らによる下記論文も引用しましたので併せてご紹介します。
「東京都内の水道水中の有機フッ素化合物濃度および組成分布」 |
PFAS問題では市民・研究者・メディアから先進的な情報発信がされていますが、行政や事業者からの情報は十分ではないと指摘されており、ポスターで取り上げました。
飲用の水道水や地下水のPFAS汚染の実態、PFASによる健康影響リスク、PFAS血中濃度が高い場合の健康診断や治療方法等、被害の予防や軽減策に関する情報、つまり「リスクに応じた行動選択に必要な情報」が市民には必要です。
例えば、水道水を変えるために自宅を引っ越さないといけないのか、あるいは蛇口にフィルターをつければよいのかなど、生活やお金に関わります。
健康影響については大人に関するデータが元になっているため、乳幼児や妊産婦への影響はより懸念されます。私の地元を含め各地で小さなお子さんのいるお母さん方が心配している声をたくさん見聴きしました。
安心な暮らしのために、PFASに関する行政や事業者による取組やリスクコミュニケーションにおける課題を考察しました。
【PFAS問題の特徴、課題】 (1) 多数の未規制のPFASが今も製造使用されている点 (2) 飲用水以外にも食品、大気、日用品等による複数の摂取経路の存在 (3) 地下水等の高濃度での地域汚染の存在 (4) 地域での汚染浄化と、“類似物質ではない”安全な代替物質への切り替え (5) 「予防原則」にのっとった情報開示と対話 |
|
図出典:「PFASに関するリスクコミュニケーションのあり方に関する考察(作成:㈱環境管理センター 基盤整備・研究開発室 青木玲子)」(2023年度環境情報科学 研究発表大会/第20回環境情報科学ポスターセッション発表ポスターより一部引用)
市民が地域や自身のリスクに応じた「具体的な行動選択」ができるような情報について、事業者や行政からの開示が求められています。PFASを製造や使用する事業者においては、規制の強化を待たずに脱PFASへの代替や浄化に自主的に取組み、その内容の情報開示を行うことで市場での信頼や競争力を得て、企業価値の向上を目指すことが重要です。
行政においては発生源や原因の究明、予防原則に基づく目標や規制基準の設定、健康診断等の被害予防・救済措置の構築、事業者による代替や浄化対策の後押しも期待されます。
市民や消費者の心配に寄り添った真摯な対応を行うことで、安心安全な暮らしと事業者の持続発展の両立を目指すことを提案します。
私自身や当社の取り組みとして、市民も事業者もWin-Winな持続可能社会の構築を目指し、今後も行政における実態把握や規制化検討の支援や調査分析業務、事業者におけるリスクコミュニケーションのお手伝いをさせて頂きたいと願っております。(執筆:基盤整備・研究開発室 青木 玲子)