はじめに
シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が「ナッジ」というアイデアを提案しました。これは、人々が自然に行動を変えるように導く方法であり、2017年に、彼はそのアイデアでノーベル経済学賞を受賞しました。この考え方が注目を浴び、現在、政府や企業などが新しい政策手法として注目しています。
世界的には、イギリスやアメリカを含む多くの国で重要視されており、経済協力開発機構(OECD)によると、200以上の組織がこの考え方を政策に取り入れているようです。日本でも、環境省が中心となって、「日本版ナッジ・ユニット(BEST)」というグループが活動しています。このようなアイデアは国際的にも認められており、今後の政策に取り入れるかどうかの検討が重要となっています。
ナッジとは?
「ナッジ」とは、「そっと後押しする」という意味で、2008年にセイラー教授とハーバード大学のキャス・サンスティーン教授が著書で説明した方法です。「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予想可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素」とナッジを定義しています。
この考え方は、規制や強制ではなく、選択の自由を尊重することを大切にします。また、経済的なインセンティブを大きく変えるのではなく、既存の経済的な仕組みを変えずに、人々の行動を変える方法を探るものです。具体的な経済的な報酬や節約の小さな刺激も含めて、個人差や受け止め方に注意しつつ、人々の行動を導く手法です。
このアイデアは、行動科学や行動経済学といった分野の知見に基づいており、人々が合理的な選択をするための環境をデザインする「選択アーキテクチャー」という概念に基づいています。この方法を使うことで、人々が賢い選択をしやすくなるような環境を整えることが目指されています。
セイラー教授は、「良いナッジ」を提唱しており、人々が自分にとって最良の選択をしやすくするための手助けをすることを目指しています。また、「悪いナッジ」を「スラッジ(ヘドロ、汚泥)」と呼び、賢い選択を妨げる要因を取り除くことを推奨しています。このアイデアは、社会の多くの課題に適用され、具体的な政策や行動に取り入れられています。
ナッジの具体的な手法
ナッジの具体的な手法として、英国のBehavioural Insights Teams(BIT)が提案する「EAST(イースト)」が良く知られています。EASTは、「簡単に(Easy)」、「印象的に(Attractive)」、「社会的に(Social)」、「タイムリーに(Timely)」の頭文字を取ったもので、ナッジの要素が4つの観点と11のポイントに整理されています。
環境分野では、さまざまなテーマに関する実証実験が行われています。例えば、ポイ捨てを減らすための取り組みや、節電を促す方法、エネルギー効率の高い機器の普及、ごみの分別やリサイクルの推進、食品ロスの削減、野生動物の保護などがあります。これらの取り組みは、海外だけでなく国内でも進められており、実際の社会で試されています。その結果から得られた知識が、ますます蓄積されています。
ナッジの活用事例
ナッジの活用事例として、当社が関わった環境省の令和3年度ローカル・ブルー・オーシャン・ビジョン推進事業(https://www.env.go.jp/press/109624.html)から、真庭市と和歌山市の事例について、以下に紹介します。
エコテイクアウト推進事業(真庭市)
ワンウェイプラスチックの使用抑制に、ナッジを活用したキャンペーンやイベントの開催などの情報発信を通じて取り組み、市民、観光客、飲食店などが一体となり、ごみを増やさないライフスタイルを広めることを目指す事業です。協力店舗では、プラスチック製カトラリーの配布方法を変更する、ナッジを活用したPOPを掲示する等の取組みを実施しました。また、イベントにより「ナッジ理論」の知識と協力店舗での実証実験のデータを提供し、地域の飲食店が使い捨てプラスチックの削減に取り組む後押しを行い、飲食業界の持続可能な成長に大いに貢献しました。
「ナッジ理論を活用して作成した真庭エコテイクアウト実践講座の周知チラシ」
(引用元:真庭市環境保全課のFacebook投稿、https://www.facebook.com/maniwashikankyoh/posts/pfbid0hLV2uN8qgPd9xaDrzJmcL6onK8UZ1w8VHYAjR6qTU4GkKhjuGgrDzQPfaGMSKjhBl?locale=ms_MY)
友が島探検ウォークラリー(和歌山市)
観光地である友が島(無人島/和歌山市)において、ナッジ理論を活用し、従来の観光客にごみを拾う側に、課題解決する側に回ってもらうための仕掛けづくりを行った事業です。海岸に漂着したプラスチックごみに命を吹込んだ「ウミプラー」の物語へ観光客に参加してもらい、ウミプラーと協力して海岸のごみを拾ってきれいにしながら、島のチェックポイントをめぐるウォークラリーを行いました。ごみ拾いに対する意識調査では、参加者の約7割以上の人の楽しさが向上した結果となり、漂着ごみの問題解決と観光の両立が可能であることが示唆されました。
(引用元:和歌山市公式ウェブサイト、http://www.city.wakayama.wakayama.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/041/384/walk.pdf)
最後に
「ナッジ」は、私たちの心理や行動に焦点を当て、日常の状況や環境を工夫して、自然な行動変容を促す方法です。これは、従来の政策や具体的な対策と組み合わせて使うことで、行動変容を効果的に促すことが可能です。そして、現在私たちが直面している行動に関連する問題に対して、低コストかつ現場の力を活用して取り組むことができます。
環境管理センターでは、「ナッジ」を活用したコンサルティングを提供しています。ごみの適切な捨て方の促進や海洋保全の取り組みなど、さまざまなプロジェクトで「ナッジ」を取り入れてきました。環境問題や行動変容に関する知識と経験を活かし、お客様の取り組みをサポートいたします。お気軽にご相談ください。(執筆:長谷川 亮)
<<もっと詳しく知りたい方へ>>
- TEDxTalks: Masaki Takebayashi, “心の中の像と仲良くなると、人は動く
Masaki Takebayashi.” TEDxTalks, YouTube, 3 Jul. 2018,
https://www.youtube.com/watch?v=N9QzOaJjoSY
- 日本版ナッジ・ユニット(BEST)について: “日本版ナッジ・ユニット(BEST)について.”
環境省(Ministry of the Environment, Japan),
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge.html
- Four Simple Ways to Apply EAST Framework to Behavioural Insights, UK Behavioural Insights Team(BIT), 2014: UK Behavioural Insights Team (BIT),
“Four Simple Ways to Apply EAST Framework to Behavioural Insights.” BIT, 2014,
https://www.bi.team/publications/east-four-simple-ways-to-apply-behavioural-insights/ - 真庭エコテイクアウト実践講座(令和3年度)
https://www.city.maniwa.lg.jp/soshiki/14/54987.html - 友が島探検フォークラリー
http://www.city.wakayama.wakayama.jp/shisei/1009206/1029316/1042427/index.html